木工

木工芸家 川口清三さん

愛知県碧南市を拠点に創作活動を行われている、木工芸家の川口清三さんにインタビューを行いました。

【作家略歴】

1962年(昭和37) 愛知県名古屋市に生まれる
1984年(昭和59) 愛知教育大学美術科 卒業
1992年(平成4)  東海伝統工芸展 名古屋市長賞
         日本伝統工芸展 初入選 以後30回入選
1994年(平成6) 東海伝統工芸展 愛知県教育委員会賞
1996年(平成8) (社)日本工芸会正会員認定 名古屋市長賞
2001年(平成13) 東海伝統工芸展 中部近鉄賞
2005年(平成17) 東海伝統工芸展 丸栄賞
2007年(平成19) 日本伝統工芸展 東京都知事賞
2013年(平成25) 伝統工芸木竹展 日本工芸会賞
2014年(平成26) 東海伝統工芸展 日本工芸会賞
2018年(平成30) 日本伝統工芸展 日本工芸会保持者賞 
2020年(令和2) 紫綬褒章授章
2021年(令和3) 愛知県芸術文化選奨 文化賞
         日本伝統工芸木竹展 文部科学大臣賞(最高賞)
2022年(令和4) 伝統文化ポーラ賞 優秀賞 
現在 (公社)日本工芸会東海支部 副幹事長

七:どういった経緯で木工芸の道へ進まれることになったのか教えてください。

大学進学時に美術科に進学したことがきっかけです。私が進学した大学では、3年生のときに 絵画・彫刻・工芸・デザイン・美術教育の中から、希望する分野を選択する必要がありました。そのときに工芸を選択したことが始まりです。

七:工芸の中でも木工に興味を持たれた。

その時に様々な工芸に触れましたが、私の一つ上の先輩に「木工」を選択した方がいて、在学中、とても可愛がってくれました。

その時に見学に訪れた指物屋さんでアルバイトをすることになり、その先輩たちと一緒に仕事をしていく中で、木工がおもしろいな、と。卒業制作は自然に木工品になりました。そして卒業後も、その指物屋さんにそのまま就職しました。

七:初めて伝統工芸展に出品したのはいつですか。

29歳のときです。刳物(くりもの)で短冊箱を作りました。その後3年程は指物で出品したのですが、それ以降はずっと刳物で出品しています。

「指物屋さんなのに刳物?」とよく聞かれますが、初めの頃は作りたい物がたまたま指物だったり刳物だったりしただけでした。何年か出品していくうちに、刳物での創作に魅力を感じる様になりました。

欅拭漆盛器

七:刳物(くりもの)の魅力はどんなところでしょう。

指物は板と板を組み合わせて作品にしますが、刳物は木の塊をノミやカンナで彫って作品にします。彫刻に近い。ですから、とても自由な造形が可能です。

それと、木の塊を彫っていくにつれ、現れる木目がどんどん変化して楽しめます。もっともそれは思ってもいない木目になってしまうわけで、制作に於いては難しくて辛いところでもあります。

七:伝統工芸展に出品するようになったきっかけはありますか。

その時はきっかけという意識は無かったのですが、いつまでも鮮明に覚えていることがあります。

まだ伝統工芸展に出品していない頃、伝統工芸展を見に行ったときに、現在人間国宝であられる須田賢司先生が胡桃の小箪笥を出品されてたんです。その作品がとても素晴らしかったのはもちろんなんですが、「紫微垣」(しびえん)という題名がつけられていたんです。

紫微垣とは北極星を中心とした星々の総称であり、この言葉の持つ深遠で高貴な印象が創作の端緒であったと後に後に須田先生の著書で知ったのですが、その時は美しい杢理の作品が醸し出す雰囲気を題名が見事に表していて、その世界観にとても惹かれました。

七:その作品と題名が奏でる世界観、茶道にも通じるように感じます。

そう思います。

工芸作品において必ずしも題名は必要ではありませんが、良い作品があってそれに相応しい名前がついていると、より何かが伝わる気がします。

直接的でなく情緒があってそれでいてく作品を表しているほど心に響く感じは「茶道具の銘」と通じますし、先ほどの「紫微垣」に感じたものは「茶会の趣向と道具立て」に近いと思います。

七:ご自身も茶道の教えを受けていらっしゃるとのことですが、ご自身で作られたお道具をお稽古に使われることはありますか。

はい、それは茶道具を作る上で必要なことだと思いますし、実際に自分で使ってみなければ良いお道具は出来ないと思います。それに、お稽古で自分が作ったお道具を使うのは単純に嬉しいですし、一緒にお稽古している方達も喜んで使って下さいます。

七:茶道具など、伝統工芸展に出品する作品の創作には、どのくらい時間がかかりますか。

例えば茶杓ですと、細く小さなものであるだけに慎重に削らねばならず、仕上げるのにほぼ一日かかります。茶杓は黒柿で作ることが多いのですが、茶杓に相応しい景色を得ることが難しく、材を木取るのにとても苦労します。

伝統工芸展に出品する作品は、その年の展覧会が終わるとすぐに来年の作品の構想を練り、材の準備をします。イメージや材は数年前から決まっていたりします。

形に迷ったらモデルを2~3個作ることもあります。形が決まったら出品作の制作に取り掛かります。他の仕事をしながらですので、長い期間になりますが、出品前の2カ月間位は集中して制作します。

欅拭漆盛器

七:制作されているときは、どのような思いで作られているのですか。

作っている最中は、技術的なことに非常に集中していますね。どの方法でどのように加工していくと美しく削れるか、ということを考え、形を吟味しながら、加工しています。

「こんな形にしよう」と思ってモデルを削っている時に、途中の形が「あっ、この形いいな」と思うことがあります。そこから作品の方向性が変わったり、それが別の作品のインスピレーションになったりもします。

七:次の出品作のインスピレーションはどこから。

それは以前に作った作品のモデルからです。何気なくながめていたら、以前のモデルの木目が波文様に見えたんです。作品の外側にこんな波文様を施して、それに合わせて形を変えて…と、考えたのが今年の作品を作っている時でした。今は、次回作のモデルを作っているところです。

七:それは次回作を拝見するのが楽しみになりました。いろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。