染織

友禅染作家・遠山尚子さん

遠山尚子さんは、2023年度東海伝統工芸展で愛知県知事賞を受賞するなど、近年ますます勢いのある手描き友禅染作家です。岐阜県岐阜市に「染のアトリエunao」を構えておられ、創作活動をされています。その作品は友禅染にはなかなか見られない動物がテーマとなったものが多く、一風変わったテイストを味わうことができます。

【作家略歴】

1976年 岐阜県岐阜市に生まれる
1998年 横浜国立大学教育学部美術科卒業
1999年 染飾デザインIKOMA入門、日本工芸会正会員・生駒暉夫氏に師事
2004年   第18回 シルク博物館全国染織作品展 意匠賞
2005年 独立
米Corcoran collage of Art and Designにて1年間テキスタイルを学ぶ(~2006)
2017年 第48回 東海伝統工芸展 初入選
2018年 第49回 東海伝統工芸展 奨励賞
2019年 第50回 東海伝統工芸展 名古屋市長賞
2019年 第66回 日本伝統工芸展 初入選
2020年 第51回 東海伝統工芸展 東海伝統工芸展賞
2021年 第52回 東海伝統工芸展 中日賞
2022年 第53回 東海伝統工芸展 岐阜県知事賞
2022年 第74回 岐阜市美術展 市展賞
2023年 第54回 東海伝統工芸展 愛知県知事賞

友禅染めは、日本が誇る染色技法の一つである。江戸時代に染織家の宮崎友禅斎によって発案された。細かな模様を筆で描き染めるのが特徴で、その繊細な美しさから、江戸時代には多くの人に愛されるようになり、その後、日本中に広く知れ渡るようになり、今日に至る。

友禅への道

遠山は母方の実家が呉服屋を営んでいたこともあって、幼少期から着物や反物に親しみがあった。大学の美術科に在籍中に、伝統工芸全般に興味を持ち始め、その中でも、立体よりも平面で、絵に近い染織というものが自身には向いていると思い、染織への道を歩むことにした。

大学卒業後、東京友禅作家の生駒暉夫氏に弟子入りし、6年間従事。師匠の仕事を手伝いながら、友禅染について学びを深めていき、一通りの仕事を自身で担えるようになったことで、独立を決意する。

独立直後、配偶者の仕事をきっかけに、米国へしばらくの間移り住むことになる。渡米中は友禅染の制作からは一旦離れ、地元の美術館でボランティアをしたり、美術大学でテキスタイルの講義に参加するなどして、友禅染以外のさまざまな技法に触れることになった。

この頃の生活において印象に残ったのは、大学の同じ講義に参加していた現地の学生たちのおおらかな制作への姿勢。日本で友禅染を学んでいたときには、一つの汚れ、シミも許されない環境で技術の向上に励んでいたが、その時の学生たちは多少の汚れは気にせずに、思うまま、好きなようにそれぞれ創作を楽しんでいた。

ユニークなデザイン

友禅染は多数の工程を経て完成する。手描き友禅の着物ができるまでには、実に20以上の工程がある。それぞれの工程で高度な技術と膨大な手間がかかることから、一般的には専門の職人が分業制で行うことが多い。しかし、遠山はこの工程のうち、初めの図案制作から布に染め付けを行う仕上げまでを一通り自身で担う。

まず、さまざまなデザインを検討し、雛形という着物型を小さくした紙に、着物の形でデザインを入れてみる。その後、原寸大の紙に鉛筆でデザインを描き、色ペンを使って図案を描き入れていく。

遠山が描くデザインには、友禅染の着物ではあまり見ることがない、海の生き物をはじめとした動物がテーマとされているものが多い。

遠山:学生時代にダイビングをしていたこともあって、最初は魚を題材にすることが多く、それがだんだんと生き物全体に広がっていった感じです。題材として、生き物には惹かれます。なんとか着物の中に取り入れられないかなと考えています。着ても良いのはもちろんのこと、広げて見る時の印象も大切に、デザインしています。

代表作の『キリン』から始まり、カバ、タツノオトシゴ・・。遠山の描く生き物はいつもどこか優しい。ただのデザインとしての生き物ではなく、まるで実在する一つのキャラクターのような愛らしさを感じる。膨れっ面をしたハリセンボンでさえ、憎めない可愛いヤツ、なのだ。

友禅染帯『オコリンボ』

無限に広がる色の世界

原寸大の図案を描いたら、その上に絵羽仕立てにした白生地を重ね、”青花”と呼ばれるつゆ草の絞り汁で、白生地に図案を写しとっていく。青花で描いた線は後にある”蒸し”の工程で蒸発して、きれいになくなる。図案を写し終えたら、絵羽状になっている白生地を解いて、もう一度反物状に繋ぎ合わせて、「糸目糊置」の工程に入る。

「糸目糊置」は手描き友禅ならではの工程。白い糊で絵柄の輪郭を縁取りしていき、後の工程の「染色」で使う染料が漏れ出ないようにするのだ。

そして、「染色」。まずは友禅用の粉の酸性染料を混ぜ合わせて、自身が望む色を作る。1枚の着物に使う色は多いときで80にもなるという。使う染料、混ぜ方によって色の世界は無限に広がる。同じ色は一つとして存在しない。この色作りの作業が遠山が最も気を遣う工程だという。

微調整を繰り返し、多い時には80色を作る。

遠山:例えば黒でも青っぽい黒なのか、赤っぽい黒なのかとか、他の色の時は鮮やかすぎないか、濃すぎないか、薄すぎないか、他の色とのバランス、大きい作品の時は、最後まで塗り切れる量を作ってあるかどうかとか、考えることはいっぱいです。

ちなみに、遠山の作品には青色が多く使われている印象を受けるが、それもそのはず、遠山が特に好きな色だという。趣味のダイビングの影響もあるのだろうか。繰り返しになってしまうが、”青色”と一言にいっても、実際にはその色は無限に存在するといっても良い。なんせ、日本の伝統色と呼ばれる青色だけでも69色あるのだ。遠山が話すように、それらを薄めてみたり、濃くしてみたり、白生地に載せた時の色の出方はどうだろうか、それを繰り返しながら、80もの色を作り出すのは、果てしない作業のように思える。

染料の下準備ができたら、筆で、糸目が引いてある生地に、糸目からはみ出ないよう、丁寧に色を挿していく。少しずつ色を挿しながら、色の微調整を繰り返す。納得のいく色ができて、真っ白だった生地が徐々に表情豊かになっていくのを眺めるのはとても楽しいと、遠山は話す。

これからも地元岐阜で友禅を

遠山は工芸展に出展する着物だけでなく、帯や小物の制作も精力的に行なっている。地元の特産品を扱う店に並ぶ『手描き友禅がま口』は、遠山の作品の中でも気軽に手に取りやすい友禅染小物の一つであろう。

遠山:岐阜と友禅、地元の産業ではありませんが、私が岐阜で制作し続けることで、少しずつ馴染みのあるものになっていったらいいなと思っています。

友禅親子がま口『オオサンショウウオ』 中にもう一つがま口がついていて、仕分けができる。

七彩編集後記

第66回日本伝統工芸展に出展された友禅の着物「きらめく」が、遠山さんの作品との初めての出会いでした。濃淡のある青色とのびのびと泳ぐ無数の魚たち。それだけなのに、どうしたことか。本当にキラキラきらめいている!太陽の光が注ぎ込む、晴れた日の水の中を、こっそり覗いているような、水の中に魚たちと一緒に潜り込んでいるような、とても爽やかな気分になったのです。それから作品を色々拝見してみると、遠山さんはどうやら生き物がお好きなよう。描く動物たちが、これまた何ともユニークで、可愛い。次はどんな意匠でキュンとさせてくれるのでしょうか。

友禅訪問着『きらめく』(2019年日本伝統工芸展入選)