染織

染織・亜麻布作家 斎藤田鶴子さん

齋藤田鶴子さんは、イタリア・ローマ在住の染織・亜麻布作家さんです。糸を紡ぎ、染織、機織りの全ての工程をご自身で行われています。展示会での作品は、アースカラーの落ち着いた色合いの裂が多く、ストールや服地などにも多く使われています。今回は、斎藤さんが染織に興味を持たれたきっかけ、現在・今後の創作活動について、お話を伺いました。

リネン100% 天然染料 千葉・館山の冬の海をイメージした。

七:染織に興味を持たれたきっかけは何でしたか?

子どもの頃から、絵を描いたり、物を作ったりすることが好きでした。将来は美術系の学校に進学したいと両親に話したら、両親はびっくりしちゃって・・、そんなこと言わないで、普通に大学に行って欲しい、と言われました。そこで、当時得意だった英語で進学することにしました。

しかし、入学した途端に、本気で打ち込める道に進まなかった事を後悔しました。やはり美術の道を諦めきれず、在学中に美術系の部活に入り、その道を探し始めました。

他大学の美術サークルの人たちとも交流を広め、自分にしっくりくるものを求めながら、水彩画、版画、彫刻、写真、オブジェ作り、色々なものに夢中になって挑戦しました。

その中に油絵もあり、ある日、絵を描こうといつものようにキャンバスの準備をしていたら、キャンバスに張られている布がふと気になって、、ザラザラとした麻の質感の美しさに、「布」という素材そのものが表現する世界があるという事に気がつき、その魅力にひきこまれていきました。

リネン100% 天然染料 風呂敷をアレンジした。

七:卒業後は夜間のテキスタイル専門学校に通いながら、昼間は紡績会社の企画部でデザインアシスタントの仕事をされていましたが、現実を知ってショックを受けられました。

当時はバブル真っ只中。良い時代であったといえば、そうなのですが、とにかく大量生産・大量廃棄という無駄が色々な場面で発生していました。

デザインも、当時はヨーロッパが最先端という風潮があり、ヨーロッパの見本市で流行したものが基準。彼らのデザインを真似して大量生産し、売れなかったら廃棄するの繰り返し。

多くの人たちが、寝る間も惜しんで製作したものが短期間で捨てられるのを見ているうちに、一体何をやっているんだろうか・・という思いが強くなっていきました。アパレル業界の現実を目の当たりにして、これは自分のやりたいことなのかな?という悶々とした思いを抱くようになりました。

七:その頃から、ご自身で布づくりをされたいと思われ始めたのですね。

はい。日本にある素材や技術を生かした「日本人らしい布」作りがしたいな、と。時間ができると、日本の色々な織物の産地を巡り、染織家の工房にお世話になったりして、知見を深めていきました。

そんなときに、あるイギリスのテキスタイルデザイナーの展覧会を訪れて、ビビっときまして。

天然染料や天然繊維を使った布づくりと、ギルドの精神を生かした工房運営の方法に興味を持ち、それらを学ぶためにイギリスに渡ることにしました。

リネン100% 天然染料

七:そして、ロンドン郊外にあるThe Surrey Institute of Art and Designに入学されました。

はい。在学中からロンドンのギャラリーやアートフェアで展示を行い、その後、ローマに自身の工房を構えました。

現在は、イタリアや日本のデザイナー、繊維・織物企業とコラボレーションするのと並行し、展示会で作品を発表しています。イタリアでは、バチカン市国で使用される司祭服を製作している会社にも布を提供しています。

七:斎藤さんは、糸を紡いで、染織、機織りの全ての工程をご自身で行われていますが、製作過程の中でどんなところが大変ですか。

やはり自然の素材を扱っていると、いつもこちらの思うとおり、計算どおり、とはいきません。

昨日までは機嫌のよかった亜麻の糸が、ちょっとした湿気の違いで、今日はブチブチと切れてしまったり。天然染料を使用すると、素材の収穫期の違いや微妙な差で色もこちらが予想していたものとはかなり違っていたりするので、そういったところが大変といえば大変でしょうか。

デザインするという頭で作ると、予定した通りに出来ないことはデメリットですし、締め切りがある時などは、正直イライラしたり、泣かされたりもしますが、それも天然繊維・天然染料ならではの特徴なので、自然からいただいたものを生かして作らせてもらっている。という感覚を出来るだけ忘れないように、楽しんでやっています。

リネン100%、天然染料(藍、茜)の縞布。 イタリア、ロンバルディア州の農民の伝統衣装からインスピレーションを受けて再現。

七:自然に溶け込むような優しい風合いの布が印象的ですが、作品のインスピレーションはどのようなところから湧いてきますか。

自分がつくりたい布は、製作しながらその時自分が心ひかれていること、例えば、「冬の海の水の色を表現したいな」とか「花粉のテクスチャがきれいだな。」など、イメージがふと湧いてきます。

製作では布の触感をとても大切にしているので、何かを触ったときにそこからくるインスピレーションが大きいかもしれません。

それぞれの糸が持っている触感というのがあります。例えば、リネンは冷やっとした感触、カシミヤはしっとりと柔らかい、それぞれの素材のテクスチャを活かすにはどんな布ができるだろうか。

そのときに、その素材が育った場所、土壌や気候はどんな感じかを知ることもとても大事です。想像し、それを深めていくことでイメージが固まってきます。

素材糸の原材料を作っておられる農家を見学させてもらったりもするんですよ。農家の方とお話しすることで、素材への理解が深まり、創作意欲も更に刺激されます。

リネン100% 天然染料

七:イタリアならではの創作活動について教えてください。

イタリアも日本と同じように布の職人技が発展していた国ですので、古い布類(私はもっぱら大麻や亜麻の布に注目してしまいますが、)を古物市などで目にすることも多く、素晴らしい布の数々は見飽きることがありません。

日本人が着物の微妙な色の組み合わせや素材に対して独特な感覚を持っているように、イタリア人も現代の洋服の装いの中にも人それぞれの美意識が反映されていて、シルエットやディテールの違いで上手に自分を表現しているのを見るのがとても楽しいです。

せっかくイタリアにいるのですから、イタリアの伝統技をもつ職人さんとのコラボレーションをしたいとずっと願っていたところ、ご縁あって、前述の司祭服を作る会社の方からお声をかけていただきました。

日本は和装の世界でまだ手織の布の需要がありますが、イタリアでは手織布の文化はほぼ廃れてしまっているのが現状です。そんな中、昔ながらの布作りにこだわる司祭服の仕事に携わらせていただけたるのはラッキーだと思います。

デザイン決定の場面でも、キリスト教の世界観を再現する祭服ならではのルール、象徴的な意味合いがあり、織物作りを通してヨーロッパの人々の暮らしや価値観を学ばせてもらっています。

七:今後の作品も楽しみにしています。ありがとうございました。

伝統的なバチカン市国の司祭服

【展示会歴】

2019年 「糸布衣展」ギャルリももぐさ、岐阜県多治見市
2018年 「手しごとの営み展」ギャルリももぐさ、岐阜県多治見市
2017年 「工房からの風」東京都、新宿伊勢丹展
2016年 「(T)essere insieme」クラフトフェアー、イタリア、ピエモンテ州ペッティネンゴ
2015年 「手しごとの営み展」ギャルリももぐさ、岐阜県多治見市
2015年 「工房からの風、50人のクリエーション」東京都中央区日本橋三越本店
2014年 「Linen works展」shima, 名古屋市千種区
2014年 「工房からの風、50人のクリエーション」東京都中央区日本橋三越本店
2014年 「Festival del Giappone展」Palazzo Fiorentino、イタリア、カンパーニア州ソレント
2013年 「(T)essere insieme」クラフトフェアー、イタリア、ピエモンテ州ペッティネンゴ
2012年  Livingstone Studio ギャラリー、 英国、ロンドン、
2010年 「Fuutou,旅する緯展」Palazzo Frescobaldi, イタリア、トスカーナ州フィレンツェ
2009年 「Natale a Doozo」イタリア、ラツィオ州ローマ
2008年 「Origin」Summerset House, クラフトフェアー、英国、ロンドン
2007年 「ヒナタノオト」東京都日本橋浜町
2005年 「Textile Biennale」Old town hall、英国、グロースタシャー、ストラウド英国Art Council協賛。
2003年 「工房からの風」クラフトフェアー、千葉県市川市
2003年 「架空工房 maka展」ギャラリー+クックラボCOMO 東京都港区南青山
2002年 「麻のある暮らし」ニッケこるとんプラザ、千葉県市川市
2002年 「女正月展」ギャラリー+クックラボCOMO 東京都港区南青山
2001年 「工房からの風」クラフトフェアー、千葉県市川市
2001年 「Spring Exhibition」Livingstone Studioギャラリー、英国、ロンドン
1999年 「Art in Action」クラフトフェアー、英国、オックスフォード
1999年 「Annual Winter Exhibision」Society of Designer Craftman, Mall Gallery、英国ロンドン